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「日本人は日本について、もっとよく勉強してほしい」と、加瀬英明氏。

宮崎正弘氏のメルマガは一方的に氏の意見を述べる場所ではない。宮崎氏が述べた意見に賛同する人もいれば、反論する人もいる。それらの人々の意見を宮崎正弘氏は一つ一つ丁寧に答えてくれる。私も時々氏に意見を聞く。
また、氏のメルマガには別の人のメルマガや書評、小論なども載る事がある。
今日は、宮崎氏のメルマガ上に掲載された、加瀬英明氏のコラムから・・・・・・・・やっぱり、良いことを言うよね。



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■「加瀬英明のコラム」メールマガジン
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 日本人は日本について、もっとよく勉強してほしい
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 3月に、日本人が委員長をつとめる国連女性差別撤廃委員会が、日本を糾弾する報告書を発表した。あいも変わらず、日本が十数万人かの無辜の娘たちを拉致して、軍の「性奴隷(セックス・スレイブ)」として凌辱したと、非難した。
 外務省が推薦した結果、これも、外務省の多年にわたる職務怠慢が、招いたことだ。
 この怪しげな委員会は、同じ報告書のなかで、日本の男系による皇位継承が、女性に対する差別だといって批判したが、さすがに外務省も強く抗議したために、削除された。
 皇位の男系による継承は、2000年以上にわたって続いてきた、日本の文化である。イギリスの王位継承も、男子が優先されている。委員会は男しかローマ法王になれない、カトリック教会をなぜ非難しないのだろうか。
 この委員会の委員長は、福田康夫内閣当時に、外務省が国連に推薦して、就任した日本人女性弁護士で、政府の男女共同参画会議の推進役をつとめていた。
 外交は国家の重大時であって、外務省に任せておくことはできない。日本は長い歴史を通じて、奴隷制度が存在しなかった。この点でも、世界のなかで珍しい国である。

 ▼日本民族の和の心は世界の手本である

 日本民族は、何よりも人のあいだの和を重んじている。争いや、諍(いさか)うことを嫌う。やさしい心の文化である。
 宦官を例にとろう。日本には、宦官もいなかった。西洋崇拝癖のある、心ない日本人にそういうと驚くが、ヨーロッパには宦官制度が、カトリック教会が1879(明治12)年に廃止するまで、存在していた。
 中国には、宦官が清朝が倒れた辛亥(しんがい)革命の1911年、朝鮮は1910年の日韓併合までいた。
 私はアメリカの大学に、1950年代末に留学した。
 その時に、アメリカで連邦政府が1936年から3年を費やして、歴史史料として多数の奴隷の生存者たちの聴き取り調査を行った報告書が、存在していることを知った。
 人が人を奴隷とするのは非人道だ
 この記録は、『奴隷の証言 元奴隷との対話によるアメリカ合衆国における奴隷の民俗史』(Slave Narratives: A Folk History of Slavery in the United States from Interviews with Former Slaves.)と題して、1941年までに全17巻にのぼる記録が、刊行されている。
 私はアメリカで、1865年まで奴隷制度が行われていたことを、頭のなかのどこかで承知していたが、1936(昭和11)年生れなので、1936年にまだ多くの奴隷体験者が生きていたことを知って、ごく最近まで、アメリカに奴隷制度が存在していたのだと、心に刻まれた。
 報告書を図書館で、何巻か拾い読みしたが、2300人の元奴隷による証言を集めたもので、むごい内容だった。アメリカのおぞましさを、あらためて知った。
 1936年には、多くの奴隷体験者が生存していたのだった。

  ▼アメリカにおける奴隷制度の廃止

 アメリカが憲法を改正することによって、奴隷制度を廃止したのは、1865(慶応元)年のことだった。明治元年の3年前に当たる。子供も奴隷として扱われて、7、8歳になると、家畜と同じように農園で鞭打たれながら、綿花摘みに酷使され、また売り買いされた。
 日本は隣の中国や、朝鮮から、進んだ文物を学んだが、奴隷制度を模倣することがなかった。だから、近代に入ってから、“性奴隷”などがいるはずが、ないではないか。

▼慰安婦問題の記者会見

私は昨年2月に、東京・有楽町の日本外国特派員協会(通称プレスクラブ)から招かれて、慰安婦問題について記者会見を行った。
 プレスクラブは、反日の外国記者たちの巣窟である。
 外務省のすぐ膝元にあるというのに、どうしたことか。広報課員がこれらの外国記者と親しく酒を酌みながら、日本の正しい姿を伝える努力をしないのだろうか。
 性奴隷は存在しなかったとの主張に対する反応だが、記者会見では、私が「性奴隷などいなかった」と説明したうえで、質疑応答に入った。
 まず、アメリカの記者が手をあげた。所属の新聞名を名乗ったうえで、「あなたは性奴隷がいなかったと述べたが、日本が20万人以上にのぼる無辜の娘たちを拉致して、性奴隷としたことは、国際的な常識となっている。あなたは国際常識に逆らっているが、恥しくないのか」と、詰め寄った。
 私は「日本には歴史を通じて、奴隷制度が一度も存在しなかった。アメリカが奴隷制度を廃止したのは、つい最近の1865年のことだ。そのような国の者から、そのような質問を聞きたくない。もっと日本について、勉強しなさい」といった。
 会見にでていた数人の日本人記者から、拍手が起った。
 私は溜飲をさげた。私はついでに、「日本では歴史を通じて、一度も大虐殺が行ったことがない。アメリカは大量のインデアンを、虐殺したではないか。アメリカと同じような国だと、間違って思わないでほしい」と、つけ加えた。
 日本は他の諸国と違って、歴史を通じて人種差別を行ったこともない。日本列島に渡ってきた、さまざまな人種が和して、この国をつくってきた。

 ▼「八紘一宇」の意味を問う

 やはり昨年のことだったが、自民党の三原じゅん子参議院議員が、参院予算委員会において、「世界が八紘一宇の理念のもとで、一つの家族になって、助け合える経済を実現するべきだ」と、発言した。
 すると、朝日新聞が「戦時中のスローガンを使った」と詰(なじ)り、毎日新聞が「戦意活用のスローガン『八紘一宇』」を持ち出したといって追及したのをはじめ、新聞や、テレビや、ネットが非難した。
 「八紘一宇」は、『日本書紀』(西暦720年)のなかで、初代天皇である神武天皇の詔(みことのり)にでてくる言葉であって、「八紘(世界)を一つの屋根の下に置いて、家族として睦み合い、一つの宇(家)とせよ」という意味である。そこで「戦時中のスローガン」とか、「戦意昂揚のスローガン」だといって非難するのなら、『日本書紀』がけしからんと、いうべきではないか。

 ▼パラオご訪問の天皇皇后両陛下の誠

 昨年、天皇皇后両陛下が、パラオ諸島を行幸啓された。
 パラオ共和国の国民が総出になって、日の丸の小旗を振って、両陛下を歓迎した。両陛下は行かれるところ、日の丸の小旗の波のなかを進まれた。
 しかし、パラオ諸島が日本の統治下にあったのは、第一次大戦が終結してから、24年しかなかった。
 そのうえ、パラオ諸島は日米両軍の激戦地となった。アメリカ軍が来攻する前に、ペリリュー、アンガウル両島の島民を避難させていたが、島民は家財産を失い、避難した者も、他の島々の島民も、アメリカ軍の砲爆撃によって、家財を焼かれるか、犠牲になった。
 それにもかかわらず、パラオ国民は日本時代を懐かしんで、日本に強い親しみをいだいている。

▼福沢諭吉・立国は公にあらず私なり

 パラオ諸島はスペイン、ドイツ、アメリカによって統治されたが、ヨーロッパ人も、アメリカ人も、島民を蔑(さげす)んで、差別したのに対して、日本人は対等に接して、水道、電気のインフラを整備し、小学校、専門学校を建て、産業を興したから、親しまれている。
 ちなみに、東京裁判で「八紘一宇」が問題になった。判決文は朝日、毎日新聞に気の毒だが、「全世界に普遍的な人道の原理以上の何ものでもなかった」と、述べている。
 先の国連委員会の報告書は、国連が悪いのではない。日本人が悪いのだ。
 日本人は日本について、もっとよく勉強してほしい。自分の国ではないか。


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