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戦争を仕掛けた中国になぜ謝らなければならないのだ! 「日中戦争」は中国が起こした(4)

  戦争を仕掛けた中国になぜ謝らなければならないのだ! 「日中戦争」は中国が起こした。

 「史実を世界に発信する会」茂木弘道著(自由社)

第4回: <後編> 日本の対支政策

 満州事変後、中国の満州侵入を防ぎ、その反日政策対策のために、陸軍は北支に緩衝地帯を作ろうというという工作を進めました。北支分離工作と呼ばれています。これを日本の中国侵略政策と主張する人が多いのですが、それは実情を無視した見方です。
 一つは、なぜ分離工作を行わざるを得なかったのか、ということです。中国軍の度重なる挑発行為、そして国民党政府の反日侮日政策です。日本人殺傷事件も多発しています。
 二つは、盧溝橋事件後、通州事件などが起こったにもかかわらず、日本は分離工作を全面的に破棄する内容の「船津和平案」を進めようとしました。もし、侵略を狙っていたのなら、こんなことをするはずがないということになります。
 また、上海事変がようやく収まろうという10月27日に日本は英米仏独伊に対して日支交渉のため第3国の好意的斡旋を受諾する用意があることを伝えました。ドイツがこれに対応して、トラウトマン駐支大使が日本提案の和平案(船津案とほぼ同じ)を中国に示しましたが、蒋介石は拒否しました。
 こうして日中の戦いは拡大し泥沼化していきますが、その後も日本は10回近く和平の試みを行っていることは蒋介石日記にも記されているとおりです。
 日本軍占領地区で日本軍は掠奪どころか、農民救済、教育、技術指導、文化活動まで行っていたのでした。農村救済のリーダーの一人が、有名な指揮者小澤征爾さんの父君の小沢開作さんでした。
 「派遣軍将兵に告ぐ」という冊子が1940年4月29日付で、支那派遣軍総参謀長板垣征四郎により布告されています。この中では相互扶助と親睦の親しい交わりを強調するとともに、支那人の伝統と習俗を尊重せよ、呼びかけています。
 勝手に中国に入り込み、中国人を苦しめた、などという俗説は実態とは全く異なるものでした。


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